大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(オ)1226号 判決

奈良県大和高田市東町四丁目一二〇七番地

上告人

田中楢次郎

右訴訟代理人弁護士

久保田美英

同所

補助参加人

日生ゴム株式会社

右代表者代表取締役

田中楢次郎

同市新町

被上告人

葛城税務署長

上田健造

右指定代理人

平井武文

右当事者間の相続税賦課無効確認等請求事件について、大阪高等裁判所が昭和三二年九月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人久保田美英の上告理由第一点について。

論旨は、原判決が課税決定通知書の成立送達を認めたのは審理不尽、理由不備の違法があるというのである。しかし、原判決は、その挙示の証拠にもとづき判示のごとき葛城税務署における事務手続を認定し、決定通知書と納税告知書とは同封の上発送されることになつていることを確定した上で、右告知書が上告人に送達されていることに争いのない本件では、右通知書もまた同封送達されたものと認定するを相当としたのであつて、原判決に所論のような違法はない。

同第二点について。

論旨は決定通知書が上告人に送達されたとしても、課税標準の総額がわかるだけであつてその内容が不明であるから無効である旨を主張するのである。しかし、内容が明確でなくても総額が明らかであれば、右決定通知が無効とはいえない。

同第三点について。

論旨は、原判決が、税務署の平素の事務手続から決定通知書が上告人に送達されたものと認定したのを違法と主張するのである。しかし、このような事実から送達の事実を認定したからといつて所論のように違法とすべき理由はない。

同第四点について。

論旨は、原判決が滞納処分並びに公売処分の取消しを求める部分について判断を遺脱しているというのであるが、上告人が右の各処分の違法を主張しているのは、納税告知の無効を前提としているのであつて、右納税告知が無効でないこと前段説明のとおりである以上、滞納処分、公売処分が違法でないことについては特段の説明を要しない。論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

○昭和三二年(オ)第一二二六号

上告人 田中楢次郎

右補助参加人 日生ゴム株式会社

被上告人 葛城税務署長

上告代理人久保田美英の上告理由

事案

一、上告人田中楢次郎は昭和二八年六月二九日突然被上告人葛城税務署より上告人に対する昭和二四年度相続税金一四二、六四〇円の納税告知書の送達を受けた。然し此の告知書の送達の時又は其の以前に当該相続税に関する賦課の決定通知書の送達を受けて居らない。

二、上告人は右告知書の送達の直後之を携へ葛城税務署に赴き係官今福三郎に面会し右告知書を同人に交付し其の説明を求めたるところ課税標準の贈与金四八万円の内訳に付き明確なる説明を与へず仍て上告人は右通知書に対し異議の申立てをなしたるところ今福は上告人の面前に於て右通知書を破棄した。(上告人は原審に於て此事実をば右税務署が右通知を取消し又は撤回した事実であると主張した)

三、ところが其の後約三年を経て被上告入は昭和二八年六月二九日突然前記相続税滞納処分として上告人名義の大和高田局二七二番の電話加入権を差押えた。

仍て上告人は之に対し異議の申立てをなした。

四。被上告人は昭和二九年一月二〇日に至り上告人に対し突然同年二月四日迄に前記相続税額を納付すべし、若し其の納付なきときは差押に係る電話加入権を公売に付すべき旨の通知を為したので上告人は同年二月一五日奈良地方裁判所へ右公売の執行停止を申請し同庁は同年二月一八日其の執行停止の決定を下した。

五、以上の次第で

(イ) 上告人は本件に付き被上告人の前記課税決定通知書の作製せられたことを否認する。旦又斯かる決定通知書なる文書を前記納税告知書と共に上告人に送達された事実を否認する。

(ロ) 納税告知書には課税基準価額を金四八〇、〇〇〇円と表示し又課税額を金一四二、六四〇円と表示しあるに止まるから何人が見ても一口の贈与に対するものとの外観を呈す。

上告人は第一審被告の答弁により始めて其の内訳の説明を受けた次第であるから右決定通知書は法律上課税基準たる価額の認定の内容が不明不定のものである。従つて此通知書と同一内容の決定ありたることが仮りに葛城税務署の書類に記載されて居るとしてもかかる決定書自体は其の内容実質不明不定の廉を以て無効のものである。(明白旦重大な瑕疵のあるもの)

(ハ) 上告人は控訴審に於ても昭和二五年八月一〇日付の相続税金一四六、四〇〇円の賦課処分のあつたことを否認した。然るに控訴判決理由冒頭に於て控訴人が右処分のありたることを争はないと判示したことは明らかに誤認誤判である。

上告理由

第一点 原審は本件課税決定通知書の成立並びに其の上告人に対する送達を認めたが此判示理由に付いては審理の不尽あり又理由の齟齬あるものであるから其破毀を免れず。

前記の如く決定通知書なるものが被上告人の主張する如く現実に作成されたものとするならば其の原本は当該税務署に存在すべき筋合である。然るに本件に付きては第一審以来斯かる原本の存在を証明されない。被上告人が上告人に対し発送したと抗弁する当該文書は如何なる内容を有し何日附のものであるかを確証すべきもの無し。さすれば原判決理由の冒頭に於て控訴人が右決定のありたることを争わないと判示したことは控訴人の抗弁を疵曲したのみならず証拠に基づかずして右決定通知書の成立存在を肯定したるものである。則原判決は此点に於て審理の不尽と理由の齟齬とあるものなり。

第二点 原判決に於て肯定した決定通知書は課税基準たる価格並びに課税額に於て其の内容の不明の廉あるにより無効のものであるに拘わらず之を漫然有効のものと認定したことは審理に不尽並びに理由に齟齬あるものである。故に破毀を免れない。

原判決に肯定した決定通知書の内容が仮りに上告人へ送達された納税告知書と其の内容を同じくするものであつたとしても課税基準の贈与額金四八万円なる単一数額なるものは贈与が一口であることを表示するものである。然し原判決理由に確定する通り此四八万円なるものは上告人の長男田中繁美・次男田中茂及び長女田中弘子の三名に対する三口の贈与を併合認定したものであり他方其税額は右三名に関する各口の税額を合算したるものである。斯の如き贈与の財産額と其の贈与の時期並びに税額の均分合一を欠くに拘わらず之を三口の贈与に分別せず又各贈与に対する税額を三口分別せずに之を合併し税額を併合した決定は其の決定の内容明確を欠くものである。現に原判決末尾の理由に明示する如く訴外田中繁美、同茂に対する日生ゴム五百株の払込資金各金二五、〇〇〇円の贈与に関しては被控訴人に於て其の事実の証明をなし得ない。従て贈与金額四八万円の全額に付いての贈与の事実並びに其の課税に付いては之を正当と認定するに付き相当の瑕疵の存することは原判決自ら確認する事実である。

原判決は右の如き程度の瑕疵は明白旦重大なものでない。故に決定通知書は控訴人の主張する如き無効のものでなくて単に右処分の取消し変更の原因であり之を求むる訴に依るべきものであると判示するも此見解は行政処分に付いての公定力に関する法理の誤解乃至濫用の所産であつて行政法理上前示の如き決定通知書の実質内容の不明不当という明白且重大なる瑕疵の存在に立脚する右通知書の無効に付いての上告人の所論を排斥する理由とは為し得ざるものと主張する。

第三点 前判決は決定通知書の送達ありたる事実に関し採証の違法、審理不尽、理由不備の違法あるものであるから其の破毀を免れない。

按するに決定通知書なるものは税務署が納税義務者に対し行なう行政上の処分である。而も単独行為である。此処分は当該税務署の納税者に対する告知、即ち決定通知書の現実適法なる送達のみにより独り其の効力を生ずるものである。

上告入は第一審以来決定通知書の成立を否認し旦他方右通知書の送達を否認するものである。此の事たるや原審に於ける控訴人の弁論の全趣旨に照し誠に明白である。然るに此点に関する原判決の判示するところを観るに成立に争のない乙第三一号証の各一、二、其の他の証拠によれば葛城税務署に於ける相続税(贈与税)の課税事務に付いては決定通知書を作製し之と納税告知書とを併せて納税者に郵便を以つて発送するのであるから本件についても控訴人に対する納税告知書が昭和二五年八月二〇日発送した事実が税務署の記録に存在するから、従つて控訴人が本件納税告知書の送達を受けたことの争いなき以上は右決定通知書も告知書と同封して控訴人に送達されたものと認めるのを相当とすると判示する。

然れども本件に関する決定通知書なるものが判示にいうところの右税務署の課税義務取扱の常例通り執行されたと云う事実は右判決書に指示する一切の証拠に依つても到底之を認定するに由なし。

又納税告知書と決定通知書とが同封されて昭和二五年八月二〇日又は其の翌日に税務署所在地なる大和高田町に居住する控訴人へ送達されたという事実も又如上判決に援用する一切の証拠を総合するも到底之を認定するに由なし。之を認定し得るとの判示は実験法則違背の認定に属す。

以上の次第であるから決定通知書が納税告知書と同封して控訴人に送達されたという事実は控訴人の否認するに拘わらず原審が証拠に基づかずして単に普通の場合に於ける税務署の課税事務取扱の内規を云為し当審裁判官恣意推測に基づく論断に過ぎない。固より証拠の取拾は事実審の専断の権限に属するも証拠其れ自体の不十分なるものある以上は其裁判官達の事実の認定は審理不尽の結果であり旦理由不備のものである。原審は決定通知書が控訴人に送達されなかつたという事実に関する、控訴人の控訴審に於ける本人訊向の供述並びに第一審に於ける本人訊向の供述については之を措信せずとの片語を以て控訴人の右抗弁を排斥している、斯の如き送達を受けたか受けなかつたかという如き控訴本人のみが関知する容観的事実についての判断をなす場合に何故に本人の供述を措信せぬかという理由を明示しない如き判決は其の理由に不備なものがある。畢竟之れ審理不尽の所産である。上告人は主張する。原判決の如く納税告知書が郵便で控訴人に送達されて居る事実がある以上は決定通知書も同時に送達されて居ると云う判定は前記の如く事務取扱の常例に従つて同一封筒内に封入されて居つたという事実の存在を肯定し之に推論の基礎を置きなされたる断定である。上告人は此常例に従うた同封送達の基本事実の存在を否定するものである。仍て此点に付き前記の如く上告人の所論の当否に付き裁判を求む。

第四点 原審は滞納処分並びに公売処分の違法不当の争点に付き裁判を遺脱した法令の違背あり此一点よりするも優に破毀を値する。

原判定は其の理由末尾に左の如く判示す。

控訴人の本訴請求中賦課処分の無効確認を求める部分及び之を前提とする差押処分並びに公売処分の取消しを求める部分は何れも理由なく之を失当として棄却すべし、との旨。

然れども本件差押処分並びに公売処分は何れも課税処分とは別箇独立の行政処分である。課税処分は無効でなくとも取消しの理由があるならば差押処分並びに公売処分がよしや外形上適法であるにせよ当然取消さるべきものであることは行政法理上明白である。然るに原判決は本件賦課処分に付いては贈与価額の認定、従つて税額の認定に付き被上告人の措置に相当の瑕疵の存在する事実を肯定し乍ら之を重大旦つ明白の瑕疵とし無効の理由と認むることが出来ない。寧ろ行政法理上取消しの理由の存在するものと判定をした以上は本件差押処分並びに公売処分が形式上適法なりとするも其れが取消さるべき賦課処分に関する執行方法たる以上は右公売処分並びに差押処分についても亦取消しの理由の存否如何を進んで審判するのが当然の訴訟法理に属する。然るに前記の如く此取消しの請求の当否に付ぎ一言半句審理裁判を下さなかつたことは原審が全く控訴人より請求を受けたる訴訟物に付き審理裁判を遺脱したものである。

此上告理由は前記第一号至第三の上告理由の存否とは別箇に審判せらるべき論点なりと思料する。

以上

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